その日にあった事などを気が向くままに書いていこうと思います。
熊本城と加藤清正
2012年10月18日 (木) | 編集 |
清正公ウォークに参加する前日、「名城ミステリーSP!!」で熊本城が取り上げてあったので観ました。

石垣がどうの、長塀がどうのを言う所までは覚えていますが、いつの間にか夢の中へ・・・

目が覚めると、加藤清正が名古屋城や江戸城の築城にも携わっていたと放送していました。

肝心なところを観てなかったけど、「加藤清正」ってすごいんだな~と思いながら、ゆっくりお城の中を見て回りました。
天守閣に登る時、係の人が「加藤清正は、横から見た時 建物が重ならないように建てた。そして、北から観たお城の風景を気に入っていた」と言いました。

何人かの人に聞いた結果、北とは池田からだろうと言うことです。「昔はお城の北は山で 電車を通すために山を削った」そうです。なので、今は清正が気に入っていた熊本城の姿は見る事はできません。残念

何度も行っている熊本城。しかし奥は深く、行くたびに初めて知る事があります。

大天守閣と小天守閣・・・ほとんどの人がこの場所で写真を撮るでしょう。

入口から見た天守閣

同じ天守閣ですが、上の写真が入口もあるので正面だと思っていたらこっちが正面だそうです

正面からみた天守閣

入口には家紋がかけてあります。左は細川家の家紋

天守閣入口

今回は資料を念入りに見ました。一つ一つ見ると時間がかかります。天守閣だけで2時間くらいいたかも・・・

3階にある芳名板には息子の名前がありますが、真ん中くらいと思っていたのが左から5番目でした。最初からそこにあったのでしょうが、記憶はよく移動します

この絵の前なのでわかりやすいです 毎年名前を確認するとホッとします。

西南戦争

じっくり天守閣を見た後、本丸御殿へ

ちょうど最後のお会が桐の間で始まる時でラッキーでした

お茶会    お茶会2

5つお茶を一度に置かれるのは初めてです。最初の湯呑は鯉の絵で、お菓子をいただいた後の2番茶の湯呑は松葉でした。意味があるのでしょうか??

御茶    鯉

天守閣の係の人から「本丸御殿には桐の紋が隠されている」と言われました。豊臣の家紋で、これを家康が知っていたら即打ち首だったでしょう。

ボケてますが、ふすまの取っ手にありました。

桐の紋

「昭君の間」については知られていますが、これは初耳

そして宇土櫓・・・お客さんは上れませんが、見はりのための櫓があるのを初めて知りました。

二階櫓


宇土櫓の3階には隠し部屋があるらしいとか・・・・下りて来て聞いたので次回行ったら確認しようと思います。

宇土櫓

やっぱり熊本城は奥が深いです。それと、今まで虎退治や熊本城を作ったとだけしか知らなかった「加藤清正」

この人についてもっと知りたいと思っていたら、来月生誕450年記念シンポジウンムがあるそうなので参加しようと思います。

明治神宮のパワースポットで知られている井戸は、加藤清正の下屋敷跡にあったものらしいです。加藤清正は毒まんじゅうを食べて殺されたという説があります。

その怨念が強いパワーとなっているのかも・・・・

昨日の歴史ヒストリアは名古屋城で、来週は熊本城です。これも観なきゃ!!

今日の「あさイチ」は、阿蘇の水源が取り上げてありました。

不思議と私が行った所はすぐテレビで取り上げられます。熊本城、清正も・・・・


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