その日にあった事などを気が向くままに書いていこうと思います。
蘇峰がみた西南戦争
2013年11月23日 (土) | 編集 |
今月の図書館講座は「蘇峰がみた西南戦争」でした。

講師は徳富記念園の藤川館長

歴史小説を書く作家は、ほとんどの人が蘇峰の本を読んで それを軸に書いているそうです。司馬遼太郎しかり

「八重の桜」では、西南戦争の場面で蘇峰は出て来ませんが、戦争が終わった後 蘇峰は鹿児島を訪れて色んな人に話を聞いたそうです。

その誰もが、西郷隆盛を悪く言う人はいなかったそうです。たぶん熊本の人もそう思っていたし、今残っている人もそう思っていると思います。

戊辰戦争では東北まで行って戦い、西南戦争では戦地にもなったくらいなので鹿児島の相当の人が犠牲になっています。

それなのに、何故か??

蘇峰によると、「世の中に偉い人はたくさんいるけど、十中九までは己に用いている。西郷先生は、その力を自分のためにした事は一点もない」と書いています。

だから悪く言う人はいないのでしょうね

田原坂公園には美少年像があります。少年が西南戦争に参加していたんだ・・・くらいに思っていましたが

高橋長次と言う人で、弾丸に当たって瀕死の状態なのに、ほふくして敵地に向かって自分の刀を取り戻しに行こうとしたそうです。その勇敢な様子に佐々友房もすごく死を惜しんだとか。

話はそれだけ伝わっていますが、この人のお兄さんは友房を助け、済々黌創設に尽力したそうです。その後、肥後銀行の頭取になったとか

長次は、死ぬ時にお母さんにあてた歌を残していますが お兄さんの成功をあの世から見て安心したでしょう。

彼の最後を聞いたので、今度美少年像を見る目が変わると思います。

西南戦争・・・・この人達がいたら起こらなかったかもしれない

会場にいた人からは「横井小楠」や「坂本龍馬」の名が上がりました。

藤川さんも「その二人がいても起こらなかったかもしれません」が

「福井班の橋本佐内がいたら起きなかっただろう」と言われました。

初耳です。若いのに西郷さんも一目置く、そんな人がいたんですね~

安政の大獄で死刑になったそうです。

藤川さんのお話はすごくわかりやすいです。

又違う話を聞きたいです。何せ蘇峰は10巻も歴史書を書いていますから

ところで、先日の「八重の桜」では徳富蘆花が久栄を振ったように放送されました。

八重も二人を許したのに、逃げるようにして出て行ってます。

八重さんの番組だから八重を悪くは出来ないのでしょうが、自分から去った人を長年愛し続けるでしょうか?

私は以前藤川館長さんがお話されたように、八重さんが反対して壊れたんだと思います。

蘆花の事は良く知らないけど、熊本県人としては蘆花びいきになってしまいます

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